研究フォーカス

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06 ナラティブ-生きたナラティブの探究

logo_focus 1つの研究対象に複数局面からアプローチする、

人文科学の分析に社会科学的方法論を使う等々―

人間社会学研究科は、学問領域の既存の境界を越えて

新しい知をつくることに意欲的な場です。

 

06 ナラティブ

生きたナラティブの探究

声と顔のある関係性のなかでライブに語られるナラティブーnarrative。人間社会学研究科の3つの専攻では、聴き語る実践の手法として、質的調査の方法として、あるいはまた説話研究の対象として、ナラティブは重要な位置をしめています。耳を澄まして聞きとる集中力が求められる分野です。

説話研究の可能性-〈口頭伝承〉への眼差し

 私の専攻は日本の説話・説話集の研究ですが、〈説話〉というものは『源氏物語』や近代小説などとは違って、〈事実性〉と〈伝承性〉を基本的属性とします。このうち〈伝承〉については、書記言語を介した〈書承〉と、口頭言語を介した〈口承〉とがあるのですが、もとより録音機器のない前近代については〈口承〉の様相を正確に知ることは出来ません。それでも、貴族日記や有職故実書、あるいは法会の説法唱導の記録等を通して、説話が語られた状況や内容を窺うことは可能です。逆に、経典や説話集等に載る説話が、芸能の場において実際に語られた事例についても、さまざまな資料から確認することができます。これが近代以降になると、神話や伝説・昔話等が語られた様相が正確に記録されるようになり、ついには音声映像資料の整備に至るわけです。私の専門分野は、平安鎌倉期の説話集研究を中心とするものですが、説話研究の可能性は現代に至ってますます拡がり、時に「口裂け女」「消えた花嫁」等の都市伝説や噂話に及びます。ナラティブな〈口頭伝承〉が重要な研究対象であることは言を俟たないのですが、心して学びたいと思います。

田中宗博 教授

TANAKA Munehiro
■言語文化学専攻
最近の主要論文:
「鴨長明の「都」と「都」の外への眼差し」(『文学』 2012年)。
指導可能なテーマ例:
中世説話文学研究、絵画と文学の関係についての研究、昔話・伝説研究。


臨床心理士の“ナラティブ”

 心理療法場面には、問題や症状を抱えたクライエントが来談します。指導や助言は効果がない場合が多く、そのような時、臨床心理士の専門技能の一つに、クライエントの物語を聴き、物語が自律的に発展していくのをねらって、物語の動きを妨げないで聴き続けるということがあります。たとえば、一通り訴えや状況を話し終えて、「どうしたらいいでしょうか?」と答えを求めるクライエントに、「まあ、まだ時間もありますし、思い浮かんだことがあればどうぞ」とはぐらかすと、「関係ないことでもいいですか?」と前置きをして、「実は昨日…」などと一見症状とは無関係にみえる出来事を話し出すことがあります。臨床心理士は、その話に関心を持ってついていきます。それはその人自身の物語であり、今の困った状況の背後にあるさまざまな“何か”と関係があるのです。その話を整理したり、解釈することはせず、映画や音楽を味わうように聴き続けると、語りは回を追うごとに変わっていきます。登場人物(現実の他者)が、動き出し、その人達についての語り口も変わっていきます。臨床心理士はそれを「ナラティブ」と呼ぶことがあります。無意識の領域を視野に入れた心理療法です。

髙橋幸治 准教授

TAKAHASHI Koji
■人間科学専攻
最近の主要論文:
「こころと現実をつなぐファンタジー体験」(山中康裕監修『揺れるたましいの深層―こころとからだの臨床学―』創元社 2012年)。
指導可能なテーマ例:
臨床心理学、イメージを重視した心理療法論、臨床心理身体運動学。


研究方法としてのナラティブ

 社会福祉においては、質的調査法と呼ばれるものが盛んになりつつあります。量的調査では、調査者が見聞きした事象を数値に還元して分析を進めるのに対して、質的調査では、広義の言葉(のまま)研究をします。ナラティブ(語り)は、質的調査のなかで、個別インタビュー、あるいはグループインタビューを通じて得られたデータとして処理されます。ナラティブは、語り手の内なる表象が単純に投影されたものではなく、語り手と聞き手、そのインタビューが行われている歴史的文化的文脈において生み出されるからです。ナラティブの構成において、無論、語り手、聞き手、文脈のどれがイニシアチブを持っているかについては、いくつかの立場がありますが、少なくとも、ナラティブを単純に「主観」と解することは誤っています。ナラティブの分析には、グラウンディッドセオリーやKJ法といったもののみならず、ナラティブをより細かい言葉の単位(形態素)に区分し、その生起頻度や共起関連を統計的に分析する手法も開発されています。ただ数量的な分析にも課題があり、従来の手法との補完が求められています。

田垣正晋 教授

TAGAKI Masakuni
■社会福祉学専攻
最近の主要論文:
「脊髄損傷者のライフストーリーから見る中途肢体障害者の障害の意味の長期的変化:両価的視点からの検討」(『発達心理学研究』 2014年)。
指導可能なテーマ例:
障害者の生涯発達とライフコースに関する実証的研究、ナラティブをベースにした障害者施策に関するアクションリサーチ、障害者に関する実証研究のあり方。


 

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