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お勧めの図書:アンジェラ・サイニー『科学の女性差別とたたかう 脳科学から人類の進化史まで』

私たちは、「科学的に証明されている」と言われたら、その情報が客観的な事実であり、偏見にとらわれていないものだと信じて疑わない。だが、こと女性に関しては、何世紀もの間、多くの間違った情報が発信され続けてきた。その原因のひとつとして、科学界を占めているのが、圧倒的に男性であることが挙げられる。そもそも女性は、そうした学問の入口に立つことさえも許されない時代が長く続いてきたのである。

イギリスの科学ジャーナリストである著者のアンジェラ・サイニーは、本書のなかで、19世紀から現代に至るまでの神経科学、心理学、医学、人類学、進化生物学などのさまざまな分野の研究成果を徹底的に検証し、ときに科学者や関係者にインタビューをしながら、新しい女性像を解き明かしている。

19世紀末、チャールズ・ダーウィンは、進化生物学という新しい学問分野を確立し、進化に関して革命的な理論を提唱した。ダーウィンは、彼が生きたヴィクトリア朝時代の男女観の影響を色濃く受けており、こと女性に関しては後ろ向きな考えを持っていたため、「男性は女性よりも生物学的、知的に優れている」「人類の繁栄は男性のおかげ」といった歪んだ学説を主張した。本書では、他にも神経科学や医学の分野において、「女脳の脳は共感する力に長けていて、男性の脳は車やコンピューターなどのシステムを構築する力に長けている」といった学説や、「男性の脳は女性の脳より平均5オンス重い、ゆえに男性の方が知力がある」といった学説があることを紹介したうえで、「医学・薬学の分野では、ほとんど男性の情報だけが蓄積されてきた」ことや、「そもそも大多数の実験と研究からは、男女間に生物学的な性差はほとんど見つかっていないが、研究成果として世に出されるのは、氷山の一角として露呈した性差を強調した研究である」といった実態が、科学者のインタビューをとおして紹介されている。

本書は、科学者が性に関する問題に取り組む際に、研究する本人の性別やジェンダーに対する認識が、無意識のうちに学説に影響を及ぼすことや、世の中に発信された情報がどれだけ中立的な立場であったとしても、情報を受け取る側が、文化のなかに浸透している既成概念を当てはめてその情報を理解しようとする際に往々にして解釈の歪みが生じる、といったジェンダーバイアスの仕組みを解き明かしている。研究データ読み解く際のバイアスについて、ジェンダーの視点から考えてみるのにお勧めの本である。

(アンジェラ・サイニー(2019)東郷えりか訳『科学の女性差別とたたかう 脳科学から人類の進化史まで』作品社)

(文責:伊藤良子)