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お勧めの図書:ジョルジュ・ヴィガレロ『美人の歴史』

ジョルジュ・ヴィガレロ『美人の歴史』後平澪子訳、藤原書店、2012

本書(フランス語の原タイトルは『美の歴史』)は、ヨーロッパにおけるルネサンス期から今日にいたるまでの美の基準の変化を肖像画や文学作品などを参照しながら、社会的観点、とりわけジェンダーの視点から分析したものです。例えば、ルネサンス期では「美」は天上的なしるしとして、女性の身体の高い位置にある顔や胸に完璧な美が反映され、身体の下部は美を支える「不動の台座」に過ぎないと考えられていました。それは作者によれば、「女性を動かない装飾品として封じ込める、凝固したシルエットの美学」に基づいたものです。一方、男性の方は、中世では讃えられた「美しさ」よりも、支配者として敵を畏怖させる「力」が重視されるようになり、逞しい体つきの「ひげもじゃで、いかめしい顔」が男の理想となります。したがって、女は「美」を、男は「力」を表象するという、現代でも根強く残るジェンダー意識はルネサンス期に遡ると言えるでしょう。

作者は、こうした美の基準が時代を経るにつれ、どのように変わっていったのか――体の美しさの基準が胴体にまで広がり、ウェストとヒップが強調され、コルセットが身体を美のモデルに近づける道具となったこと。さらにウェストやヒップを細くするためにダイエットをし、運動によって体を引き締め、肉体改造を行うようになったこと。絶対的な美の基準から個性的な美の探究へ移行したことなど――を、女性を取り巻く社会や思想の様々な変化と関連づけて、丁寧に論じています。特に興味深いのは、1930年代に高まった意志主義(適度な運動と意志の力によって、理想の身体を作ることができるという考え)が、ナチスの全体主義的な企てに一役買った、という指摘です。女性監督レニ・リーフェンシュタールの映画「オリンピア」(スポーツ選手の引き締まった美しい肉体で満ち溢れている)で称揚された「意志の勝利」がその典型とされています。まさに、身体の美学が危険なイデオロギーと結びつくと、恐ろしい結果をもたらす一例と言えるでしょう。

本書は「受身の、非活動的な美」が理想であった時代から、女性の社会進出に伴い、「活動的な美」「自らイニシアティヴをとる美」「労働する美」を理想とする時代へと変遷する過程を追っています。しかし、現代の日本でも女性誌やコマーシャルなどで、痩せるためのダイエットや運動、サプリメントが頻繁に紹介され、痩身がいまだに絶対的な美の基準であり続けています。こうした現状を考える上でも、本書(ファッションや化粧、美容整形なども取り上げている)をひも解いてみる必要があると思います。      (文責:村田京子)